こんばんは。くまごろうです。
今回は村上春樹氏の「騎士団長殺し―第2部 遷ろうメタファー編(下)」です。
なお、前作「騎士団長殺し―第2部 遷ろうメタファー編(上)」も良ければご覧下さい。
印象に残った文章
ここからは、本書を読んでみて印象に残った文章と、その文章に対しての感想なんかを書いています。
なお、本書を読むまで秘密のままにしたいという方は、ここで一旦引き返していただければと思います。
「本物がいかなるものかは誰にもわかりません」と彼女はきっぱりと言った。「目に見えるすべては結局のところ関連性の産物です。ここにある光は影の比喩であり、ここにある影は光の比喩です。
カルロ・ロヴェッリ作の「時間は存在しない」という本の中で、時間は絶対的なものではなく相対的なものであるといった解釈の記載がありますが、上記の文章と通ずるものがあるのではと感じました。
分子だったり粒子だったりと化学的に確かなものとされているものでも、人間が分子や粒子といった意味付けをしているだけであって、実は絶対的なものというのは存在しないということなのかなと感じました。一種の言葉遊びかもしれませんが、化学「的」であったり、絶対「的」という言葉からして、全てのものは関連性の産物であり、相対的なものなのかもしれません。
「 この人生にはうまく説明のつかないことがいくつもありますし、また説明すべきではないこともいくつかあります。とくに説明してしまうと、そこにあるいちばん大事なものが失われてしまうというような場合には」
言わんとすることはなんとなくわかる気がしつつも、自分のスキルではうまく文章にできないのがもやもやするところです。「とくに説明してしまうと、そこにあるいちばん大事なものが失われてしまうというような場合には」ということにしておきましょう。(笑)
でもまったく正しいこととか、まったく正しくないことなんて、果たしてこの 世界に存在するものだろうか? 我々の生きているこの世界では、雨は三十パーセント降ったり、七十パーセント降ったりする。たぶん真実だって同じようなものだろう。三十パーセント真実であったり、七十パーセント真実であったりする。その点カラスは楽でいい。カラスたちにとっては雨は降っているか降っていないか、そのどちらかだ。パーセンテージなんてものが彼らの頭をよぎることはない。
パーセンテージという「確率」を例に「関連性の産物」や「相対的にものごとを捉える」人間を描写しており、哲学者パスカルの「人間は考える葦である」という名言をわかりやすく説明すると、こういった文章になるのかなと一人感動してました。
イデアというのは、要するに観念のことなんだ。でもすべての観念がイデアというわけじゃない。たとえば愛そのものはイデアではないかもしれない。しかし愛を成り立たせているものは間違いなくイデアだ。イデアなくして愛は存在しえない。でも、そんな話を始めるときりがなくなる。そして正直言って、ぼくにも正確な定義みたいなものはわからない。でもとにかくイデアは観念であり、観念は姿かたちを持たない。ただの抽象的なものだ。
この本を含め、作者の村上春樹氏が作品を通じて伝えようとし、かつ今なお挑戦し続けている村上春樹氏の使命のようなものをこの文章から私は感じました。
最近、ふと「自分の使命とは何だろう」と考えることがあるのですが、自分の使命を遂行することができる環境に身を置くことができ、かつ自分の使命を発見し、挑戦できることがいわゆる幸福論につながるのかなと思いました。
私が生きているのはもちろん私の人生であるわけだけど、でもそこで起こることのほとんどすべては、私とは関係のない場所で勝手に決められて、勝手に進められているのかもしれないって。つまり、私はこうして自由意志みたいなものを持って生きているようだけれど、結局のところ私自身は大事なことは何ひとつ選んでいないのかもしれない。
上記で、「使命」⇒「幸福」という旨の自分なりの考えを書いてみましたが、村上春樹氏は彼自身の使命を潜在的に認識しつつも、一方でその使命を自発的に認識していないのではないかと疑問を感じ、一種の宿命のようなものとあきらめの感情も抱いているのではないか、との印象を受けました。
おわりに
本作は「騎士団長殺し」の最終巻ですが、その中の最終章の「恩寵のひとつのかたちとして」は、番外編といいますか、伏線の回収やスピード感がいつもの村上春樹氏のそれとは大きく異なっている印象を受けました。
本章は好みが分かれる章だなと感じましたので、もしこれから読まれる方や再読される方は、少し注意を向けながら読んでいただければと思います。
ちなみに、個人的には本章のスピード感はとても新鮮でした。一方で、村上春樹氏であれば、3章分に伸ばすことも十分にできたと思いましたので、もう少し村上ワールドに浸りたかったなという気持ちもなかったといえば嘘になります。
いずれにせよ、全4作存分に楽しむことができましたので本作に出会たことに感謝ですね。
これで「騎士団長殺し」シリーズは終了となります。
前作までのものにも興味がある方はぜひご覧下さい。
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