
こんばんは。くまごろうです。
以前パフォーマンス報告の際に機関投資家を辞めた理由について簡単に説明しましたが、今回は機関投資家を退職した本当の理由、また実際に事業会社で1年働いてみて感じたことについてお伝えしていければと思います。
またこれから機関投資家を目指している方、また専業投資家やFIREを考えている方のお役に立てれば幸いです。
機関投資家へ転職した理由
機関投資家を退職した本当の理由をお話しする前に、なぜ機関投資家へ転職したかについてお話しできればと思います。
機関投資家へ転職する前の会社で、むすめのくまこが生まれた際に私くまごろうは3ヶ月の育児休業を取得することにしました。
投資をしている理由の一つにFIREをして家族との時間を増やしたいというものがありましたが、育児休業の取得によって、擬似的なFIREを経験することができました。
育児休業に入ってからは、むすこのくまたろうの幼稚園の送迎、食事の準備、掃除、洗濯などの一通りの家事をすることにしました。
最初は慣れない家事や会社に行かなくなったことによる生活リズムの変化などで大変でしたが、1週間もすると徐々に慣れてきました。
むすめのくまこはあまり手がかからない子で、夜泣きはほとんどせず、日中もそこまで苦労することはなかったため、日中の空いた時間でプログラミングの学習や読書など自己啓発の時間を確保することができました。
朝は7時に起き、簡単な朝食の準備と幼稚園の支度をして、むすこのくまたろうを幼稚園に送り、帰宅後はコーヒーを飲みながらプログラミング学習や読書を行い、むすめのくまこが泣いたら、ミルクやおむつの交換。
その後は妻のくまみと自分のお昼を作って、お昼を食べてコーヒーで少し一服したら、くまたろうを幼稚園に迎えに行きます。
幼稚園から帰る途中の公園で少し遊んでから帰宅し、少ししたら夜ご飯の準備をし、家族4人揃ってご飯を食べます。
ご飯を食べ終わったら後片付けをして、くまことくまたろうをお風呂に入れます。
2人ともありがたいことに本当に手がかからないので、お風呂が終わったら髪を乾かしてミルクなどを飲んで20時には就寝です。
就寝後、23時頃までは起きないので、それまで自由時間です。
当時は思っていたよりも自由な時間が多かったため、プログラミングの学習や読書の他にこちらのブログも始めました。
そんなこんなで、とても充実した日々が1ヶ月、2ヶ月と経過していきました。
しかし、2ヶ月が過ぎた頃、段々と頭の回転が鈍くなってきたなと感じるようになりました。
妻のくまみと会話していた時に、育児休業前であれば、具体例や比喩的な表現などすらすらと出てきていた言葉が、ワンテンポ遅れるようになってきたのです。
育児休業前は人前で話す機会があったり、作成した資料に対して上司から指摘を受け改善したりと、日々家族以外の第三者と接し、適度な緊張感がありました。
しかし、育児休業に入ってからは第三者を通じた適度な緊張感というものを感じる機会がなくなり、その結果、若干ですが頭の回転も鈍くなってしまったのかなと思います。
元々、仕事が嫌いな方ではなかったですが、仕事というものから距離を置いてみると、自分が仕事を求めているということを強く実感するようになりました。
そして、将来のキャリアについて考えるようになりました。
元々、FIREをして自由な時間を増やすという目的で投資をしていましたが、育児休業という擬似的なFIREを経験した結果、仕事をすることに対して前向きな気持ちが芽生え始め、自分の好きな「投資」を仕事にしたいと考えるようになりました。
3ヶ月の育児休業を終え職場に復帰すると、最初の1週間ほどは生活リズムを元に戻すのはもちろん、3ヶ月間に起きていたことのキャッチアップや、久しぶりのメールや資料作成など最初は中々大変でしたが、ジムでトレーニングをした後のような程よい疲労感と小さな達成感を感じることができました。
同時に育児休業の後半に感じていた「投資」を仕事にしたいとの思いもより強くなりました。
その後の転職活動ですが、証券アナリストや、TOEIC800点レベルの英語力、また初歩的ですがVBAやPythonのプログラミングスキルを持っていたことなどもあり、最終的には2社から内定をいただくことができました。
機関投資家に就職してみて
実際に機関投資家に就職してみて最初の6ヶ月ほどは機関投資家としての日々の業務を覚えることはもちろんのこと、前日のマーケットの振り返り、それを踏まえた今後のマーケットについて、常に大量のインプットと、そのインプットを踏まえた投資アイデアのアウトプットなど、とにかく目まぐるしい日々を過ごしました。
また、周囲の方々は非常に優秀な方が多く、日々接する情報量も圧倒的なので、個人投資家時代とは比べものにならないくらい濃くて、また日々刺激的な日々を過ごすことができました。
なお、機関投資家のことについてより詳しく知りたい方はこちらをご覧いただければと思います。
機関投資家を退職した本当の理由
では、いよいよ本題ですが、「投資」を仕事にしたいと思って機関投資家に転職をし、せっかく手に入れた機関投資家という職を辞してしまったのかについて、お話ししていきたいと思います。
まず大きな理由としては、次の3つです。
- 人の役に立っている実感が持てなかったこと
- 投資の限界を感じてしまったこと
- 投資以外の仕事に就きにくくなること
次から細かくお話ししていきます。
人の役に立っている実感が持てなかったこと
これが最大の理由です。
自身を含め個人投資家の方の多くは金利についてあまり深くは考えないかもしれませんが、機関投資家はとにかく金利の動向にとても敏感です。
特に米国金利は全てのマーケットへのインパクト大なので、パウエル議長や各理事の発言はしっかりとウォッチしていきます。
ある日、FOMCの議事録が公開され、その中でmoderate(適度な)という単語の頻度が増えたか減ったかという話で今後の方向性としてタカ(引き締め)なのか、ハト(緩和)なのかといったレポートを発端に金利の方向性について社内で議論になりました。
もちろんお客様のお金を預かっている機関投資家として、そういった些細な変化から仮説を立てることは投資の意思決定を行う上で非常に重要なプロセスであることは認識していますが、急に虚しさを感じてしまいました。
また、金利が上がるか下がるか、株価が上がるか下がるかを予測しお金を掛け、当たればお金が増え、外れればお金が減る、このプロセスを30年も続けていくことに対しても急に虚しさを感じてしまいました。
自分の仕事が人の役に立っているという実感が持てなかったのです。
それまでの仕事では、お客様に喜んでもらえたり、業務効率化を進めたりなど、自分の仕事によって人の役に立っていることを実感できていましたが、「投資」という仕事が人の役に立っているという実感を持ちにくい孤独な仕事だとは、機関投資家になるまで思いもしませんでした。
投資の限界を感じてしまったこと
ベンチャーキャピタルやアクティビストなど一部のファンドを除いて、投資実行後に自らの裁量で企業価値を上げることは基本的にはできません。
機関投資家としてできることといえば、「こうした方がいい」「こうするべきだ」などアドバイスや指摘を行い、基本的には当事者としてではなく、あくまで第三者的な観点で意見を述べるに留まります。
もちろん投資をしているため完全なる第三者ではありませんが、当事者よりも常に第三者に近い立場にいることに物足りなさを感じてきました。
投資以外の仕事に就きにくくなること
たった1年で機関投資家を退職した理由がこちらになります。
先の2つ理由もあって、今後のキャリアについて、とある先輩職員に相談したところ「俺はこの業界長いからもう抜け出せないけど、合わないと思ったら早く見切りをつけた方がいい」とアドバイスをいただきました。
前職ではそれなりの規模のプロジェクトの経験があったため、その経験を武器に、まだ潰しが効くと判断し転職活動を再開しました。
その後、事業会社を中心に転職活動を進め、最終的に2社から内定をいただくことができました。
事業会社で1年働いてみて感じたこと
現在はとある企業で経営企画の仕事をしていますが、人の役に立てている実感が持て毎日が充実しているように感じます。
経営に近い仕事なので数字のプレッシャーはありますが、自身の企画した施策によって数字を動かす(改善する)ことができるため、日々やりがいを感じています。
ちなみに投資自体は今でも行なっていますが、1日あたりに割く時間は以前の半分以下になり、その分元々望んでいた家族との時間を増やすことができました。
色々と回り道をしてきましたが、ようやく自分の中でバランスの取れた環境を手に入れることができたと思います。
おわりに
機関投資家を目指している方にとってはあまり耳障りのいい話ではなかったかと思いますが、機関投資家を目指すか迷っている方、またお金を貯めてFIREを目指している方には、一度立ち止まって今を振り返るきっかけになれば幸いです。
なお、機関投資家の中のことや転職活動についてより詳しく聞きたい方がいらっしゃれば、個別にご連絡いただければと思います。
長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。
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